第123回 元気で長生き講座【2022年10月号】
~アルツハイマー病(AD)を含む認知症の予防が期待出来る長時間透析やPD+HD併用療法をお勧めします~
慢性腎臓病(CKD)患者に対する認知症の予防においては、下記表のようなアプローチが有効と考えられています。個々の透析装置で可能な透析液温度の低下や歩行等の運動は日常的に実施しやすい項目でお勧め致します。
CKD患者における認知機能障害の発症を減少させる可能性のある介入1)
介入 | 対象患者 | CKDにおけるエビデンス |
古典的心血管危険因子の管理 | CKD | 一般住民のエビデンスの外挿 |
RAS阻害薬(降圧剤ACEI/ARB) | CKD | 無作為化比較試験(RCT)のサブ解析 |
厳格な血圧管理 | CKD | RCT |
透析液温度の低下による循環動態安定化 | 透析 | RCT |
腎移植 | 慢性腎不全 | 前向き研究(コホート研究) |
うつ病の治療 | CKD、透析 | コホート研究 |
睡眠の質の改善 | CKD、透析 | コホート研究 |
認知トレーニング | CKD、透析 | 一般住民のRCT |
運動 | CKD、透析 | 一般住民のRCT |
先月末の報道で、日本の製薬会社「エーザイ」がアルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)の新たな治療薬「レカネマブ」における最終段階の治験の結果、症状の悪化を抑える効果が確認できたと発表しました。同社は来年3月末までに国内や欧米で承認申請を目指すそうです。この新薬は、AD患者の脳にたまる異常なたんぱく質「アミロイドβ(Aβ)」に結合し過剰なAβを取り除くことで神経細胞が壊れるのを防ぎ、認知症の進行を抑えることを目的としています。65歳以上の高齢者の認知症患者数と有病率の将来推計は令和7(2025)年には約700万人、5人に1人になると見込まれています。認知症の種類で最も多いのがアルツハイマー型認知症で、ADは、Aβの蓄積と神経原線維の変化の2つの脳内での変化を特徴としています。最近、全人口的に認知症患者が増加していることに加え、透析の導入年齢が上がってきていること、透析医療の進歩により透析期間(透析歴)が長くなってきていることから、認知症を患う透析患者数も増えてきています。そのことから血液透析(HD)が認知症を発症させるのではないかとの誤解を持つ方がいます。しかし、非糖尿病HD患者の認知機能を前向きに18~36ヶ月調査した研究では、患者集団の平均でみると有意な変化はなく、認知機能は維持されていました。個々にみたところ、悪化したのは事前に脳に白質病変がみられた方のみで、大半は維持または改善されていることがわかりました2)。HDによって血中Aβ濃度が低下することが報告されています3)・4)。HDを行うと、血液浄化器がAβを除去することにより、脳内にあるAβが血中に移動すると考えられているため、北口暢哉らはHD患者の脳内Aβは少なくなると考えました。そこで死後脳のAβ蓄積量について3つのタイプの老人斑(Aβが主の構造物)の数について、HD患者と非透析者で比較したところ、どのタイプの老人斑もHD患者の方が有意に少ないとの結果が得られました。また、陽電子放出断層撮影(PET)を用いたイメージング測定でも脳内Aβの減少が確認されました。長期透析歴患者程認知症発症リスクが低いことも報告されており、HDにより脳内Aβが減少すると考えられるため、HDはアルツハイマー型認知症を予防する可能性があることが示唆されます5)。実際、8時間の長時間透析で記憶力の有意な改善の報告があることも第93回元気で長生き講座【2020年2月号】にてご紹介しております。
透析中に血行動態が変動するHD患者のみならず腹膜透析(PD)患者においても脳萎縮がみられること、また、脳萎縮(前頭葉萎縮)と遂行機能(前頭葉機能)に有意な関連性がみられたことが報告6)されています。同一透析患者でMRIを3年の間で2回検査し、脳の萎縮度を計測した結果、前頭葉の萎縮が進行したこと、その萎縮度とその間の総透析におけるHD中の血圧低下(透析低血圧)の総回数の間に有意な相関関係が認められ、透析低血圧が少ないほど、脳の萎縮の進行が少なかったこと7)や近年、実際、透析低血圧が少ない程認知症発生が少ないことが報告8)されており、認知症予防の観点からも時間あたりの除水量が少なくて済む長時間透析で緩やかに除水し、透析低血圧を防ぐこと(循環動態安定化)が望ましいと考えられます。通常頻回透析かつ長時間透析が行われる本院でも実施かつお勧めしております在宅血液透析で特に認知症合併が少ないことも報告(下記図)9)されています。
昨年発表されたメタ解析でもHDよりPDは認知症発症リスクが低いことが報告10)されています。長時間透析と同様緩徐な除水が行われるPDは血圧低下を来しにくいことが要因として考えられます。一方、先に述べた通り、HDでは高いAβ除去効果があることから、PD+HD併用療法が効果的と考えられます。透析アミロイドーシスの原因蛋白であるβ2-マイクログロブリン(β2-MG)濃度の低い透析患者程生命予後良好が報告されており、β2-MG除去もPDよりもHDの方が優れており、日本透析医学会腹膜透析ガイドライン201911)に、PD+HD併用療法の効果として、
・血圧の改善
・血清β2-MG濃度の低下
・血清クレアチニン濃度の低下
・貧血の改善
・血中CRP濃度の低下
・PDによる限外濾過の増加,クレアチニンクリアランスの増加
・血清アルブミン濃度の維持
の多数が挙げられており、認知症予防も期待出来非常に有用な治療法と考えられ、本院でも実施かつお勧めしておりますPD+HD併用療法の早期開始により残存腎機能(尿量)が保持されることも第88回元気で長生き講座【2019年8月号】にて紹介しております!
参考文献
1) Drew DA, Weiner DE, Sarnak MJ, et al. Cognitive Impairment in CKD: Pathophysiology. Management, and Prevention. AM J Kidney Dis 2019; 74: 782-90. より表1を引用し改変
2)Kitaguchi N, Hasegawa M, Ito S, et al. A prospective study on blood Aβ levels and the cognitive function of patients with hemodialysis: a potential therapeutic strategy for Alzheimer’s desease. J Neural Transm 2015; 122: 1593-1607.
3)木村俊二, 山川高哉, 安井国香, 他. 流血中のAmyloidβ-Protein(1-40)の動態に関する研究 HPM血液浄化法にてAlzheimer病の治療に関与できるか. 京都医学界雑誌 2006;53:113-120
4)Rubio I, Caramelo C, Gil A, et al. Plasma amyloid-β, Aβ1-42, load is reduced by haemodialysis. J Alzheimers Dis 2006; 10:439-443.
5) 北口暢哉. 血液浄化でアルツハイマー病を治療・予防する-血中アミロイドβ(Aβ)除去システム-: 日本透析医会雑誌 2022; 37-2: 257-268.
6)Tsuruya K, Yoshida H. Brain Atrophy and Cognitive Impairment in Chronic Kidney Disease. Contrib Nephrol 2018; 196: 27-36.
7)Mizumasa T, Hirakata H, Yoshimitsu T,et al. Dialysis-related hypotension as a cause for progressive frontal lobe atrophy in chronic hemodialysis patients: a 3-years prospective study. Nephron 2004; 97: c23-c30.
8)Magdalene M. Assimon, Lily Wang, and Jennifer E. Flythe. Cumulative Exposure to Frequent Intradialytic Hypotension Associates With New-Onset Dementia Among Elderly Hemodialysis Patients. Kidney Int Rep. 2019; 4(4): 603–606.
9)中井滋, 井関邦敏, 伊丹儀友, 他. わが国の慢性透析療法の現況(2010年12月31日現在). 透析会誌2011; 45: 1-47.
10)Ali H, Soliman K, Mohamed MM,et al. The effects of dialysis modality choice on cognitive functions in patients with end-stage renal failure: a systematic review and meta-analysis. Int Urol Nephrol 2021;53:155-163.
11) 腹膜透析ガイドライン改訂ワーキンググループ. 第二章 適正透析 3.併用療法における適正透析(PD+HD併用療法). 腹膜透析ガイドライン改訂ワーキンググループ. 腹膜透析ガイドライン2019. 東京:医学図書出版, 2019; 19-29.